中学から高校
大学から社会人まで
男と女の話は尽きないと思います。
社会人になっても仕事どころではない。
いかに、いい会社に入り将来安定して生活できる人間を探す。
まるで会社が結婚相談所のような場所
昭和の時代や平成初めはもっとひどいでしょ。
コネが横行していた時代。
とりあえず娘を短大に通わせ一流企業にコネで入社させる。
秘書や経理をなどをやらせ箔をつける。
そこで将来の幹部候補、社長候補を見定めて
アプローチ合戦。
同僚とのマウント合戦。
足の引っ張り合い合戦。
私のお父さんは財務省ですの。
私は警察庁。
私は〇〇商事の社長です。
そんな会話が聞こえてきそうですね。
いつからそんな流れができたのか?
わたしが思うに1980年台からバブル1996年までそのような傾向に近いです。
(バブルは1991年ごろまでですがその流れを抜け出せない人が1996年までいたと考えられます。)
Focus
ドラマ全盛期
トレンディドラマが一世を風靡していた時代。
景気はいい。
仕事は取りに行かなくてもある。
残業すればいくらでもお金が増える。
あとは彼女を見つけるだけ
女性からしたら
一生はたらかなくてもいいような人を見つけたい。
男はわたしのいいなり、なんでも許されるのよ。
貧乏人に興味はないわ。
それを実現されるには大手商社や広告代理店の秘書や事務が良いってワケ。
✅会社は仕事をしにいく場所です。
✅結婚相手を探しにいく場所でも恋愛しにいく場所でもありません。
✅上司に媚を売って出世していく場所でもありません。
大企業の特徴と大学生が大企業に入りたがる理由
❤️大企業に入れば一生安泰だ。
❤️世間の目が評価してくれる。
❤️たくさん社員がいるので出会いが多い。
❤️出世する可能性が高い
そんな考えで入られて、実際に仕事する下請けの優秀な人材が可哀想でなりませんね。
そろそろ履歴書や面接の意味をなくすべきでは?
履歴書に本当の自分は書いていないし、
面接は偽りの自分でしかない。
だって面接のマニュアル本があるんですから
みんなマニュアルをみて考えた答え服装で挑むことになんの意味があるのでしょう。
最近の書いた記事
警察官・教師の事件簿がいい例です。
圧倒的な聖職者という特権を得ても性犯罪はなくならない。
つまりはその面接で採用したい人と
履歴書を通して採用した人物は間違っていたことになります。
履歴書を見てその人物を評価するのも間違っているし
数十分話しただけでその人を
理解できた風に思うのもまちがいである。
人間の恋愛範囲には半径100メートルほどと追われています。
身近な人でしか人を評価できないわけです。
だから芸能人と結婚できるのは芸能人。
又は普段から接触のある職業のある人たち
まちがっても
Twitterのコメントなどで芸能人と付き合えるわけではないのでご注意を。
何かしらのつながりがなければその人自体を判断することも難しい。
人は最初のインスピレーションでその後のその人の人物像を決定つけてしまいますから。(初頭効果)
コネと結婚とバブル
これが少し前までの日本の常識でした。
バブルで浮かれ、肩書きに浮かれ、お金を湯水のように使いまくった時代が確かに日本であった。
それをうやむやにして誰も責任を取らずに来てしまったのが今の日本です。
日本の常識
何も決められない政治家。
外国人を奴隷のように使う経営者。
社員にはお金を還元したくない企業体質 (企業の内部留保はバブルを超えています。)
責任を取らない国会。
子供を犬や猫のように可愛がる教育。
今日本で全くマスクがないというのに100万個送ってしまう鳩山さん。(今から広がるか広がらないかの攻め側なのに)
今日本での初期対策がどれだけ大事な時期なのか理解できないんでしょうね。
➡️どこにもマスクが売ってない
➡️マスクを付けずに外出
➡️感染拡大
➡️マスクが売っていれば・・・・。#鳩山 #マスク #100万個— 美令 2020 (@local_kyo) February 18, 2020
誰も責任を取りたがらず、全員が甘やかす事で
締りのないたるんだ状態が今の日本である。